2004年09月14日
物事を客観的かつ多面的に見るためには、極端や対極について真面目に考える事が重要だと思っている。
そこで、時の人ホリエモンのグッドレスポンスをもらったところで、旧来型日本企業の暗部に触れた「内側から見た富士通〜「成果主義」の崩壊」を紹介しよう。

内側から見た富士通「成果主義」の崩壊
そこで、時の人ホリエモンのグッドレスポンスをもらったところで、旧来型日本企業の暗部に触れた「内側から見た富士通〜「成果主義」の崩壊」を紹介しよう。
内側から見た富士通「成果主義」の崩壊
まずこの本を書店で見て驚いたのは、この見るからに明らかな内部告発本が店頭のビジネス書ランキングで堂々の一位に輝いていたことだ。
「なんという時代になったのだろう」と思って手にとってみると、明らかに従来の書籍とは感触が違る。何のことはないこれはまさしくアメリカのほとんどの書籍の販売形態であるペーバーバックスなのである。
通常の日本で販売されている書籍との違いは、
という感じなのだが、本書はさらに変わっていて、専門用語や難しい言い回しには全て英語が併記されている。
在日外国人に対するバリアフリーというよりは、日本人の英語学習の一助という目的の方が大きいと思われる。ビジネス書を読むという第一の目的があって、ついでに英語も覚えられると言う一石二鳥の効果がある。文脈の中で自然に英語が目に入るわけだから、押し付けがましくなくすんなりと受け入れられる気がして、これはなかなか良い新しい試みである。
これまでは英語のペーパーバックスしか見たことがなかったので、日本の書籍に対して特に違和感を感じることはなかったのだが、本書を試して見て「これは良いかも」と思い始めた。
特に私のように通勤電車を主な読書時間としている身としては、ジャケットも帯封も単なる邪魔者でしかない。おまけに書店ではさらにご丁寧にカバーまでかけてくれる。ゴワゴワの厚着状態で読みにくいことこの上ない。
世の中の文章はほとんど横組みなのに、英文字や数字が多用される書籍でも未だに縦組みなのは確かに不合理である。
装丁の話はさておき、中身の話に移ろう。
本書を最初に見かけたときは「会社にリストラされて逆恨みをもった元従業員の遠吠え」のごとき良くある話を想像していた。
しかし実際に中身を読んでみると、筆者は根本では富士通に真の愛情を感じつつも、悪い方向に向かいつつある現状を一人ではどうすることも出来ず、それを憂いて敢えて内部告発という最終手段に訴えたのだという印象を受けた。
筆者は決して「成果主義」が悪いと言っているのではない。むしろ積極的推進派である。しかし「成果主義」という錦の御旗が内部に根強く残る「年功序列」のムラ社会の体質の上で形だけ実行されたときに悲劇が起こるということを言いたいのだ。
私の個人的感想からいえば、程度の差こそあれ日本の大企業はどこも似たようなところがあると思う。私もこの会社の競合に当たるところに新卒で入社し、その後4年間勤めていた。
私のいた部署は社内でもかなり恵まれた部門であったと思う。いわゆる技術エリートの集まりである。それでも本書に書かれているような事例で思い当たるふしはいくつもある。
少なくとも入社1年目の社員がホリエモンが言うような当然のことを当然と言う権利も雰囲気も無いことは確かである。
その後私はベンチャー起業に転職し、特殊事情があったことは確かであるが、1年後にCTOを勤めることになる。その半年後に資金ショートで会社は解散するが、そこで学んだことは大きい。
その会社とて決して先進的な体質を持っていたとは言いがたいが、大企業よりよほどましである。
大企業の残された唯一のメリットは終身雇用なのにそれとて自ら捨てているのだから、最後には一体何が残るのだろうか。
またもや話が横道にそれてしまったが、本書の著者の城繁幸氏(またしても私と同い年!)は単なる愚痴ではなく、どうしたらこの状況を改善できるか、その提案まで用意している。客観的に見てこれは正しいと思う。
ここまでお膳立てされて、それでもまだそれを実現できないのであるならば、一旦市場によってリセットされるしかないかもしれない。
もちろん私もそれは望まない。私の同期・後輩にも新卒でここに就職した人もいる。彼らには心底幸せになってもらいたい。どちらが幸せかはわからないが...


「なんという時代になったのだろう」と思って手にとってみると、明らかに従来の書籍とは感触が違る。何のことはないこれはまさしくアメリカのほとんどの書籍の販売形態であるペーバーバックスなのである。
通常の日本で販売されている書籍との違いは、
- ジャケット・帯封がない
- 再生紙を使っている
- 横組・左開きである
という感じなのだが、本書はさらに変わっていて、専門用語や難しい言い回しには全て英語が併記されている。
在日外国人に対するバリアフリーというよりは、日本人の英語学習の一助という目的の方が大きいと思われる。ビジネス書を読むという第一の目的があって、ついでに英語も覚えられると言う一石二鳥の効果がある。文脈の中で自然に英語が目に入るわけだから、押し付けがましくなくすんなりと受け入れられる気がして、これはなかなか良い新しい試みである。
これまでは英語のペーパーバックスしか見たことがなかったので、日本の書籍に対して特に違和感を感じることはなかったのだが、本書を試して見て「これは良いかも」と思い始めた。
特に私のように通勤電車を主な読書時間としている身としては、ジャケットも帯封も単なる邪魔者でしかない。おまけに書店ではさらにご丁寧にカバーまでかけてくれる。ゴワゴワの厚着状態で読みにくいことこの上ない。
世の中の文章はほとんど横組みなのに、英文字や数字が多用される書籍でも未だに縦組みなのは確かに不合理である。
装丁の話はさておき、中身の話に移ろう。
本書を最初に見かけたときは「会社にリストラされて逆恨みをもった元従業員の遠吠え」のごとき良くある話を想像していた。
しかし実際に中身を読んでみると、筆者は根本では富士通に真の愛情を感じつつも、悪い方向に向かいつつある現状を一人ではどうすることも出来ず、それを憂いて敢えて内部告発という最終手段に訴えたのだという印象を受けた。
筆者は決して「成果主義」が悪いと言っているのではない。むしろ積極的推進派である。しかし「成果主義」という錦の御旗が内部に根強く残る「年功序列」のムラ社会の体質の上で形だけ実行されたときに悲劇が起こるということを言いたいのだ。
私の個人的感想からいえば、程度の差こそあれ日本の大企業はどこも似たようなところがあると思う。私もこの会社の競合に当たるところに新卒で入社し、その後4年間勤めていた。
私のいた部署は社内でもかなり恵まれた部門であったと思う。いわゆる技術エリートの集まりである。それでも本書に書かれているような事例で思い当たるふしはいくつもある。
少なくとも入社1年目の社員がホリエモンが言うような当然のことを当然と言う権利も雰囲気も無いことは確かである。
その後私はベンチャー起業に転職し、特殊事情があったことは確かであるが、1年後にCTOを勤めることになる。その半年後に資金ショートで会社は解散するが、そこで学んだことは大きい。
その会社とて決して先進的な体質を持っていたとは言いがたいが、大企業よりよほどましである。
大企業の残された唯一のメリットは終身雇用なのにそれとて自ら捨てているのだから、最後には一体何が残るのだろうか。
またもや話が横道にそれてしまったが、本書の著者の城繁幸氏(またしても私と同い年!)は単なる愚痴ではなく、どうしたらこの状況を改善できるか、その提案まで用意している。客観的に見てこれは正しいと思う。
ここまでお膳立てされて、それでもまだそれを実現できないのであるならば、一旦市場によってリセットされるしかないかもしれない。
もちろん私もそれは望まない。私の同期・後輩にも新卒でここに就職した人もいる。彼らには心底幸せになってもらいたい。どちらが幸せかはわからないが...
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